大学ディベート1年目を振り返って

 もういくつ寝るとお正月。そんな年末ですが、ブログを更新したいと思います。

 今年からFに入ったピカピカの1年生の中島です。今年度のディベートを振り返ってみたいと思います。

 

 4月からFに入り、早速Fのディベートの勉強会に行くと「新人戦のチームはNADE春も組んでいたから、鶴岡さんと組んでね」って言われてチームが決まり大学ディベートがはじまりました。大学ディベート初めての論題はディベート甲子園高校の部と同じ首相公選制(ただし付帯文はありません)でした。

 ディベート甲子園OBOG会の新入生歓迎会で玉置さんに試合をしてもらったり、SkypeF所属のチームと試合したり、パートナーとウィルコムの10分通話無料の機能を使ってスピーチごとに電話かけながら試合をしたりして大会を迎えました。

 予選2試合ではなんとか勝利し、パワペで3試合目にFのチームと対戦。お互いの議論を知り尽くしている中で議論を展開し、僅差で勝利し決勝に進むことができました。決勝戦では、NADEと違い案Ⅰという縛りはなかったので、現行憲法下で実行できる案Ⅲをプランとして提出しました。それに対して、予想はしていましたが、ディベート甲子園の時には回したことのなかったトピカリティの議論に触れました。決勝戦では、なんとか苦しいながらも優勝することができましたが、まだまだディベートのことを何も分からないことを痛感しました。

 

 それからディベート甲子園のシーズンも終わってそこまで休むことなくJDAの準備に入りました。(途中に防衛医科大学杯もあり、こちらも面白かったのですがFとして公式に出たわけではないので割愛します。)解雇規制の緩和ということで今までに経験したことのない労働系論題に悪戦苦闘しました。

 パートナーはFの創始者で前代表の松田さんに組んでいただきました。途中から新歓のときに対戦していただいた玉置さんにもチームに入っていただきました。

 ほぼ毎週末オリセンで練習試合をする生活がはじまりました。最初は大学ディベートの壁に打ちのめされていましたが、先輩方に助けてもらいながら試合を重ねていきました。

 

 CoDA全日本には松田さんと二人で参加。予選最後の試合で高校の同期に始めて負け非常に悔しい思いをしましたが、バロットで決勝トーナメントに進出。決勝トーナメント1回戦ではなんと負けた同期とサイドを変えてまた対戦。投票数3倍返しで勝利し準決勝。ここも高校生のときにとてもお世話になった先輩と当たり非常にギリギリの試合をして僅差で勝利し決勝に進みました。決勝は岩永さんと竹久さんのチーム。否定側で戦い、41で負けてしまいました。

 

 そしてCoDA2週間後にはJDAでした。パートナーの玉置さんの試合用のユニフォームに元気づけられながら試合に臨みました。予選の3試合はパートナーのお二人に引っ張っていただき、勝利することができました(ちなみにまたCoDAで対戦した同期と戦いました)。そして決勝戦はまたしても岩永さんと竹久さんのチームと対戦することになりました。しかもサイドはCoDAの時と全く同じでした。試合展開は直に掲載されるであろうトランスクリプトを参照していただきたいのですが、それまでのプレパの精一杯を出した試合だったと思います。ただし、二回立論制の否定側第二立論を担当させてもらったのですが、まだまだ実力不足で足を引っ張ってしまったなというのが正直な感想です。


 大学ディベートに触れ思ったのは、高校生の時のディベートはまだまだ入り口に過ぎなかったということです。高校生まではトピカリティを扱うこともほぼなかったですし、もちろん立論は一回でした。さらに戦略や勝ち方などに関してもまだまだだったなと自覚しました。高校生の時のディベートはもちろん楽しかったですが、大学ディベートはより議論を純粋に楽しめるような気がします。

 


 最後になりますが、今年一年間お世話になった方々に感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。